2017年8月22日火曜日
2017年6月21日水曜日
6月のよそ行きの着物への提案
6月も下旬になり本格的な梅雨です。今時はどんな着物を着るのかとよく聞かれますが、基本的には単衣とお答えしますが、それは着物を着る人なら分かりきったことなので、いわゆる単衣仕立てで裏地がつかない着物ということだけではなくて、どんな着物地がお薦めかという話をします。今回は浴衣地や木綿の着物については話を省き6月のよそ行きでドレッシーな絹物に絞り述べてみます。
6月は近年は昔より着る機会が増えたように思えます。この時期の結婚式は今の方が多いし、様々な集まりも増えているようです。
女性の交際の場も広がるにつれて着物で出かける機会もありますし季節に合わせた着物を大いに楽しんでもらいたいと思います。6月の装いとして最も優雅な素材は絽縮緬と思われます。
ふつうの絽の生地は盛夏までも通して着る事が出来ますので、とても暑い日の六月であれば中旬を過ぎれば着てももちろん良いのですが、絽縮緬の良さも是非再認識して下さい。
絽の目が在りながらも、地は細かいしぼのある縮緬風ですからとてもとろっとした風合いの生地で女らしいエレガントな素材です。
真夏が来る前に是非手を通して頂きたい生地です。最も6月に相応しい素材と思っています。最近は中々見られないのですが、紗などのような張り感では無く身体に沿うような着心地です。
よそ行きの小紋や訪問着に染められるといいでしょう。6月にどんな素敵なお呼ばれがあっても大丈夫。6月のよそ行きをお考えの方にお勧めします。
帯は紗袋か絽綴れで小物は夏の素材で涼しげに水無月美人になれること間違い有りません。6月は裏が無い単衣なら何でもいいというわけではありません。
同じ単衣を着ていい6月と9月では全く体感も空気感も違います。6月ならではの美意識を感じ取って欲しいと絽縮緬をおすすめしてみました。
2017年5月7日日曜日
夏の着物、そして浴衣の楽しみ
青葉若葉のまぶしい季節がきました。着物で出かけられる方も6月の衣替えを境に一気に単衣の着物に入りやがて薄物の盛夏の着物へと変化させていきます。
加えて夏には浴衣も登場します。花火大会やお祭り、縁日、盆踊りなど納涼の催しには浴衣姿が日本の夏を情緒ある列島に彩ります。
夏の素材も綿、麻、夏向きに織られた絹布、植物繊維から織られた芭蕉布など、短いシーズンなのに多彩です。
夏は特に浴衣が大活躍です。若い方々も浴衣なら着て見ようかと思われるようです。浴衣にも色々、最近ではプリント柄が主流なので、まるでTシャツでも買うかのように安価に手に入りますが、私はやはり昔ながらの古典柄であったり、粋であったりと思わせる浴衣に惹かれます。
1反ずつでも手で染めて創る浴衣は、綿の生地も良くて何年も着られるので愛着がわくことでしょう。
夏祭りや縁日の賑わい、花火の音と夏の夜空は夏のメモリーとして子供から大人まで暮らしに溶け込んだ景色としていつまでも心に残ることでしょう。
7月20日からはあらた工房でも「江戸の粋・大人のための浴衣展」を開催します。ご予約お待ちしております。
2017年3月3日金曜日
春は黄色から
いよいよ3月に入りました。3月の声を聞くと木の芽の膨らみがどうかと気になります。
これから次々と花が咲きはじめますが、まず目につくのが黄色い花たちです。ロウバイ、エニシダ、チューリップ、フリージァと菜の花など黄色い花々が真っ先に春を告げるようです。
山ではダンコウバイがはじめに渋い黄色の花を咲かせます。ダンコウバイの咲いたのを見つけると山にも春がやってきたと思わせます。
そして次から次へと花が咲きはじめて野にも山にも都会にも花の競演が続きます。
それから春の花の女王である桜が日本列島全体を覆えば春爛漫となりますが、先触れとなる黄色い花は三月の色だと私には思わせます。続く4月はピンクや桃色の月です。
黄色という色は着物や帯にそれほど多くは使われません。せいぜいクリーム色ぐらいでしょうか。でも私は大好きで黄色い帯や着物を染めたり帯締めや帯揚げにも黄色を集めます。クリーム色ではなく薄くてもレモンイエローから濁りのない黄色は遠目で見てもよく目立ちます。
濁りがあったり渋みが加わると芥子色や金茶色になりますが、抜けるような透明感を持つ黄色は言って見れば、蒲公英の花の色、ラッパ水仙の黄色と言えばわかりやすいでしょうか。
春の青空とも良く合うのです。これからも春の黄色を表す作品を創り続けていこうと思っています。
2017年1月12日木曜日
あらたまの年の初めに想う
新年が明けたら早、半月ほどあっというに経ちました。
成人式も終わりいろいろとその装い方にも思う事もありましたが、はやりのスタイルや髪型にあれこれと言いたくなるのは自分が年をとったせいかしらとか、いや、そのせいばかりではないと、とつおいつ考える日々であります。
そして平成の御代もなんだか終わりを告げそうな気配で、今度はどんな元号になるのだろうかと大きく変わる時代の変わり目に立ち、オリンピック開催の日もひたひたと足音を立ててやってくるみたいで新都知事の動きを報道で見るに付けて先の東京オリンピックの時がつい昨日のように思い出されます。
この50年あまりの東京の変わりようには、今更ながらよく自分も時代の波をくぐりながらも仕事を続けられたものだと思わずにはいられません。
あの頃オリンピック景気に沸いた頃、私はすでに某デパートの仕事をしていてネコもしゃくしもオリンピックと熱に浮かされるように東京中いや日本中が草木がなびくようでありましたから、今思い出すとおかしくなる事なども多々有りました。
先日、当時の仕事の図案の中に聖火台の小さな柄の小紋用の図案とか五輪の輪の帯の柄が見つかり懐かしくもあり、またなんだか可笑しくもなり思わず笑ってしまいました。
あの頃誰も彼もがオリンピックに向けて商魂たくましくて、また様々な業界もオリンピック景気に乗ろうとした物でその騒ぎに乗って、テレビはカラーテレビが開会式のアンツーカーの美しさを声高に実況しました。
カラーテレビはまだ普及していなかったので、テレビを観た人がつまり知り合いが興奮して私の母にしゃべっていたのが思い出されます。目をつむるとあの時代のざわめきが私の耳に蘇ってきます。
国を挙げてのお祭り騒ぎに誰も疑わず、人々は前進あるのみで熱に浮かされたような勢いで、それすら不思議とは思わず、今とは全く違いました。
自然との関わりをもっともっと深めながら毎日を大事にそして上質な時間を過ごせたら
いいと新しい元号を迎え受け入れて行こうと考える日々です。
2016年11月8日火曜日
「瑠璃の会」秋晴れに集う
来る11月5日は早稲田にあるリーガロイヤルホテル東京で「瑠璃の会」が催されました。
この度も沢山の方々がお集まりになり、盛会の内に終えることが出来ました。この会ほど世代の違う人々が一同にあつまるという会はなかなかないのではと思います。
これもひとえに着物を着て集まるというお約束の下での会ならではと言う華やかさがあります。今回は津軽三味線とオーボエそして日本の歌というコンサートでしたが、今までにない企画で、懐かしく親しみやすい音楽に包まれて、穏やかな雰囲気の中、歌に聴き入りました。
どの方も年齢に関係なくお洒落して着物姿でいられると何て華やぐことでしょう。これも着物効果と思えるのです。
昨今は着物で多くの方が集まる会はバブル期に比べるとずいぶんと減っていますが、その点、瑠璃の会は時代の波にも消されないで、こつこつとよく続いていると思うのです。
これほど世代の異なる方々が集まるパーティもめずらしいのです。それはいつも皆様自身の意志で集まって下さるので、こんなに長く続いているのだと主催者としては自負しています。
まだ次回の会も決まらないのに次の案内の申し込みが来ているのは嬉しい限りで励まされます。
着物っていいなと思って下さる方が居る限り、続けなくてはと思い着物はあるけれど着て行くところが無いなんて言われないようにがんばらなくてはなりません。
皆様のご協力をこれからもお願いします。
2016年10月14日金曜日
新作・秋のあらた会 + 大島紬展
一昨日は見事な秋晴れのなか、私立の明星学園中学2年生の授業の一環で、私の仕事、着物についての講演会がありました。
今の中学生は大きいですね。この世代が着物についてどの程度の認識があるかと考えつつ、着物の持つ文化,強いては日本の工芸や季節感、日本の風土に育まれた美意識などなど、のお話をさせて頂きました。
おわかり頂けたかしらと、ひとつでも心に残る言葉を覚えていてくれたらいいなーと思っています。
本日より、あらた工房ではこの秋工房で染めた新作着物に加え、大
大島紬の産地織元からコレクションした泥大島、白大島、
また、すでに大島紬をお持ちの方、どんな帯が紬に合うの
2016年9月5日月曜日
単衣の時の伊達襟について
猛暑の夏が過ぎ、9月になればさすがに朝夕は吹く風も秋らしく感じます。
9月に入ったとたんに,さて何を着よう。夏を引きずるのは良くないし、9月らしく装うのはどんな着物がいいだろうかと、お出かけが決まっている方は少し悩むこともあります。
早速に質問が飛んできました。9月の結婚式に相応しい単衣の訪問着があるのだけれど、伊達襟をつけるのはどうなのかしらという悩みです。
元々伊達襟というのは、本来重ねで着る着物を省略して伊達に襟だけを残した物が一人歩きしたのですから、それを考えればこの季節に上が単衣の着物であれば下の比翼も単衣であるべきなのです。それで襟だけを特化して考えれば伊達襟も裏地がつかない単衣でなければならないわけとなります。
しかしながら単衣に見せるため裏地もついていない伊達襟をつけるのはどうも心許ない気もしますし着物から浮いてしまいそうで自分で着るには難しい気もします。
理屈から言えばこのようになるのですが付け比翼になっていなくて襟だけの布では何とも本体の着物との収まりが悪い気もしますし着にくいことでしょう。
最近はほとんど誂える方がいなくなってしまいましたが、以前には結婚式のお仲人を単衣の季節である6月や9月に頼まれると単衣の黒留袖を注文で創った事もありました。
その時は付け比翼も当然単衣仕立で創りました。それを考えると付け比翼は本体の着物にしっかり付いているので着にくくはないですがはたして伊達襟だけだと一枚の布ですから伊達襟に裏地がないのはやはり綺麗に重ねるのは難しいでしょう。
結論を申しますと、単衣の着物には伊達襟をつけることは考えずに着る事にしておくのが無難でしょう。
それでも華やかさが欲しいなら半襟に凝って品良く格調高い半襟、たとえば刺繍や箔が施してある物の半襟を遣われるのも一考でしょう。ただし襟は白地で上質の物が相応しいです。
単衣の時季は秋は短いですがそれでも昔よりは単衣を着る期間が最近は長くなったようです。9月に入ってからの伊達襟に付いての疑問をお持ちの方がいらしたら参考にして下さい。
2016年7月31日日曜日
七月の狂想曲も終わり。
梅雨も明けて夏の青空は気持ちいい。風も吹き,空には夏雲も現れて夏も今が最盛期だと思わずにはいられない。加えて今日は都知事を選ぶ投票日で私も朝早くに近くの投票場へ向かいました。それほど人もいなくてさっさと投票は済ませられました。
かつて子供が通っていた小学校は変わっていませんが何年後かには近くの小学校と統合される運命とか、子供がどんどんと少なくなっていることは残念です。
このひとつきの選挙合戦の賑やかだったこと、明日からは新生都庁となるのでしょうか。
そして工房では五月のゴールデンウイークが明けた頃より浴衣の会を昨年に続き企画しましたが、盛況の内に七月末まで何かと忙しく浴衣に関わる日々でした。
花火大会もたけなわであちらこちらで始まり浴衣姿で出かける人たちが今年は特に多く見受けられます。特に今年は大人の男性たちの浴衣が増えて来たのはとてもうれしいことです。
東京オリンピックが開かれるのは7月だそうですからその頃までにはもっともっと東京にも浴衣姿を楽しむ男女が増えてくれれば日本の夏らしくなると思われ楽しみです。
明日からいよいよ八月あとひと月しかない日本の夏を大いに満喫しましょう。
選挙も終わり夕立もあり、今宵は街も静かに納まった感じがします。
2016年6月17日金曜日
夏の会に寄せて
18日からいよいよ「夏のあらた会」が始まります。そして「今昔の会」も同時開催します。
今年は例年より遅くなりましたが、この不安定な梅雨の時季にもかかわらず夏の着物や小物に関しての問い合わせが続くので、お答えする内容も単衣から盛夏、晩夏にかけて微妙に変化するこれからの季節、どのように着物や帯と向かい合い楽しんで行けるか。
着物好きな方々にとってもオールシーズン中最も着る甲斐があるのが夏のシーズン到来です。
お洒落を堪能し、おのおののコーデを考える嬉しい悩みの季節でもあります。
ここへきて絹の持つ特徴やすばらしさを再認識したり夏らしい素材を見るチャンスにもつながります。
素材も数多くありますが,何よりも図柄の占める要素が大きいのが夏の着物や帯たちの魅力です。
毎年春が終わる頃には素材を集めることはもとより、いかに日本の夏を思わせる柄があるかと私は頭を巡らして考えます。
かつて昭和30年代前半でしたか高山植物ブームが有りました...
戦後、世の中が落ち着き、若い人々が登山やワンダーフォーゲルを多いに楽しみ青春を謳歌した時代です。
街には歌声喫茶なども盛んな時代で、私も高校生ぐらいには歌声喫茶なる場所に連れて行かれた経験があります。山や自然の景色の歌が大いに歌われました。
登山に熱心だった人々が山でしかお目にかかれない草花を愛でるようになる頃には、高山植物の希少性と清々しい美しさが紹介されて,その頃先代は多くの花々の図案を作り主に帯に染め上げました。夏の山々はお花畑のようですし固有種の花が咲き誇ります。花の種類は数多くあります。
私も若い頃は高山植物の染め帯を数々染めましたが平成の今、復刻としてまた作ろうかと意欲に燃えています。
かつてのような登山ブームには、もうならないかもしれませんが私も今より若い頃に山の花に憧れて、がんばって登山し見た花はあまりにも高貴すぎて、まだ作品には取り上げていませんが追々イメージを凝縮させて、いつか帯にその姿を映したいと願っています。
先代の描いた図案は紙が古くなり、長い年月の内に茶色くなっていますが半世紀も経っているので無理もありません。
私に取ってだけ価値があるのかもしれませんが再度、かつての登山ブームで山男たちがみた花をまた描きたく思います。
最近では山ガールと言うそうですが、、、この夏も山の花にまた会いに行きたいと思います。
2016年3月29日火曜日
花桃、桜、弥生の空は
この間まで寒かったのに弥生の月も終わる頃となり春爛漫の景色が巡って来ました。
工房隣の公園では桜は満開で空の色も見えないほどに対角線上に植えられた桜が互いの枝を伸ばして重なり合って、小さな公園は仰ぎ見れば桜でいっぱいです。
時を同じくして我が工房も塀に垂れる花桃が紅白の花をまるで舞台の作り物のように見せて、道行く人を楽しませている様です。
工房の自慢の源平垂れ桃です。そしてガレージの隅の空き地では草の王が黄色い花をあちこちで咲かせはじめました。
そして落下する椿で一面に紅く小さな庭は覆われます。
塀に面しているところでは落ちる椿は上を向いたり下向きになったりとしますが落ちた瞬間から半日くらいの間は、すぐにかたづける気にはなれません。
とうていゴミとも思えなくて花びらが茶色くなってから掃除します。
作為なく落ちている花の構図ははそれなりに絵にもなります。殺風景なアスファルト上でも美しく見えます。
東京に桜が咲きはじめれば、いよいよこの地を皮切りに私の桜行脚もスタートです。
ソメイヨシノもカワズザクラも山桜も富士桜も垂れ桜も八重桜もみんなみんなどれもそれぞれの趣があり、また1本桜も桜並木も風情がありますし、桜を巡る楽しみはゴールデンウイークまで北へ北へと向かえば長く楽しめます。
今年も桜を愛でることが出来たと思うのは元気で生きていることを謳歌する証でもあります。華やかさと儚さ、哀しさをも時には感じさせるのが桜なのでしょう。
私も着物を創る中で、どれほど桜を題材に作ったかは帯も含めてみれば数えきれませんが毎年、毎年桜の表情が違ったように見えるのでこの先もまだまだきりがなく表現出来る気もして飽きないのが不思議です。それはきっと毎年桜を見る自分自身が変化しているのかとも思うのです。
桜の木も寿命があるそうです。戦後焼け野原だった東京に植えた桜が今が一番よい時期を迎えて大きく逞しくなり東京の中でも名所があちらこちらにあります。私の小さかった頃は今ほど桜は立派ではなかった気がします。
私も桜の木と一緒にこの東京で育ち大人になり今が最も良い時期を迎えているのかと考えたりします。
桜をいっしょに眺める人は毎年違います。もちろん毎年一緒に眺める人もいますが、もう2度といっしょに眺められなくなった人もいるのです。桜を観る度に色々な想いが交錯します。でも今のところは今年も桜も花桃も同時に眺められて幸せに思っています。
2016年2月1日月曜日
瑠璃の会の新年会はオペラ・ガラ・コンサートで。
今年初めての着物で遊ぶ「瑠璃の会」は1月31日、目白のメイヤー・ライニンガー礼拝堂で開催されました。連日のはっきりしないお天気の中、雪の不安を抱えながらも、当日は晴天に恵まれて無事に開催の運びとなりました。
着物姿が80人あまり集まり花が咲いたように華やかで青空の下、三々五々と目白に集まり無事に「瑠璃の会」が開かれました。
素敵な音楽とお食事そしてお洒落な気分は、どんな特効薬よりも良く免疫力アップの効果絶大でそれはそれは楽しい会となりました。このたびは30周年記念で感慨深い想いがありました。
出演者のエネルギー溢れる歌の熱気と、明るい日差しが窓から注ぎ、歌にも私たちにも冬の午後の光いっぱいに溢れていました。
あるお客様が「瑠璃色の空になりましたね」と言われました。瑠璃は色々な光を帯びて、さまざまに輝きます。一人一人が個性を放ち、お互いに着物をより深く楽しめるようにという願いが込められています。
1個人の私の想いから始まった着物の会がこんなに長くも続けられたのは,着物好きな皆様のおかげと感謝するばかりです。皆様に着物を着て出かけられるチャンスを作りたくて昭和60年からはじめたのですが、もう30年も過ぎたのかと私自身が驚いています。
今まで着物を取り巻く業界や売り方、着手である方たちの考え方や女性の生き方も含めて景気の良いときも悪い時もあったりした中、私自身着物に携わる仕事を続けてこられたことに、支えて下さった人たちが沢山いたことに今は感謝感謝の気持ちでいっぱいでした。
着物は着てこそ素晴らしい。飾っておく物ではなく着る人により命が吹き込まれ動くことにより素晴らしい衣装となることを今回も実感させて頂きました。
そして何よりも「瑠璃の会」を通して様々な交流がなされていることに人と人をつなぐ広がりが感じられるのも私の楽しみのひとつであります。
いつまで続けられるか分かりませんが「瑠璃の会」を開催出来ることも私の元気の源と考えてこれからも進んで行きたいと思います。
この1月の瑠璃の会を終えてから、新しい新年がまた始まっていくと自分に言い聞かせてこの春の作品作りにも励もうと考えています。2月は私の誕生月なので余計そう思うのかもしれません。
ましてや今年は閏年です。2月29日生まれの私はまだ10代の終わりの年齢だと思う事にしています。少なくても精神年齢はそんなものでしょう。まだまだ制作したい着物や帯がいっぱいありますから。
2015年12月24日木曜日
クリスマスコンサートは星の競演
12月19日には銀座でクリスマスコンサートが開かれました。昨年に続き今年も盛会で昼の部、夜の部と2回に分けて満席となりました。アットホームなクリスマス音楽会プラスお食事会とお腹も耳も満たされた一日となりました。
以前は12月は女性たちは家事に忙しくて、とても外で楽しむ時間なんてなかったのですがここ最近は12月の過ごし方も昔と違い、出かける機会が多くなったようです。
お正月が来る前の初冬から真冬にかけての図柄でクリスマスらしい楽しい柄の着物や帯も増えて寒い季節を思いきり楽しもうとハッピーな気分でのお集まりです。
当日の楽しいお写真をご覧下さい。皆様、メリークリスマス!
2015年12月4日金曜日
冬晴れの師走に
12月に入り恒例の「樅の会」始まりました。初旬の10日間開きますが、工房では今年ラストの会期となります。
銀杏の葉がすっかり落ちて紅葉も終盤です。今年は紅葉が遅れたせいで近所の大きな古い家の紅葉と欅の紅葉が夕日に美しいです。
割と暖かな初冬の気温なので助かりますが中旬になれば街はクリスマスのネオンに彩られて華やかになることでしょう。毎年、この時期に開催される「樅の会」は副題で「冬を楽しく」との考えで作品をそろえています。
お正月に向けて新春の華やかさも含めて年末からの行事にも楽しめる着物や帯を染めています。
慌ただしい季節ではありますが、また人と人との交流が多い頃でもあります。この時期のシーンに溶け込むような帯や着物はむしろ「冬を遊んでしまおう」という気持ちで作品創りをしています。他のシーズンとは少し違ったうきうき感も帯や着物に盛り込みたいと思っています。
そして今年はこれらの作品に加えて工房でかつて創ったことのある手描き小紋のサンプルのコレクションを一同にご覧に入れようと用意をしております。
あらた工房が過去創り上げた着物は数知れませんが、特に手間と時間をかけた記録のサンプルを多く残していますので,この機会にぜひお見せできればと展示しています。
50年あまりの間にこれほどの数の染めをしたというサンプルを見れば私自身も気が遠くなるのですが、これから先の50年はもうないのですから貴重な記録となります。
どうぞ「樅の会」にお越し頂いてこの半世紀の間に染められた見本をご覧下さい。初公開です。
2015年11月5日木曜日
柿の映える11月の空。ラジオで語る
11月は今年は暖かな月になると天気予報で報じていました。確かに日中は秋空が青く高く見えて柿の木が青空に良くあっています。
すっかり葉を落とした柿の木は都会でも広いお庭がある家には見られます。あの木は甘柿かしら,渋柿かしらとつい考えてしまいます。
秋晴れの日にあらた工房にてラジオの収録が行われました。着物についてのあれこれを述べています。
2016年1月4日〜1月7日まで月曜から木曜までの4日間、午前11時53分〜59分、局名はベイエフエム、番組タイトルはラブアワベイにて bayfm(78,0MHz)"Love Our Bay"、番組DJ西本淑子さんとの インタビュー形式でお話しております。
4日間少しの放送ですが、ラジオをお聞きになられる方がいらしゃったら気に留めてお聴き下さるとうれしいです。なお、ネットやスマートホンのアプリでも視聴が可能とのことです。
もうこの歳になればさほど、恥ずかしいこともなくなりまして、それよりも次世代に着物文化を伝えてゆく事が、着物への恩返しとも思い私の仕事の一端だとも思っています。
色々な機会があれば何でもお話して、一人でも多くの方に着物の事を分かってもらいたいので頑張っている次第です。
11月は都会の深まる秋を満喫しようと思っています。歌舞伎、美術館、映画行きと楽しむ予定です。
2015年10月6日火曜日
林檎に想う
10月の天気も穏やかに始まり、ぐんぐん急速に秋めいているようです。
9月の終わりには新米もどさっと届きサンマの大売り出し、葡萄はもちろん柿や林檎が店頭に山積みにされています。
私も早速林檎を買って食べましたが、林檎を食べるともう初冬のような気分にもなります。林檎は秋から冬にかけて店頭に並ぶので目に付くのですが、私は林檎の形は大好きで色も香りも良いのですが林檎だけは加工してある方がもっと好きです。
特にアップルパイが好物なのであちらこちらのアップルパイを食べています。林檎の種類もたくさんあってそれぞれ違いますし色も黄緑から濃い赤まで品種によって様ざまです。
以前に北海道から送られてきた林檎はこれ以上ないと言うくらいの濃い赤で、黒に近いくらいで驚いたことがありました。
その色は作り物のようで白雪姫に出てくる毒りんごは絵にするとこんな感じかと思わせました。もちろん美味しくて皮の中側の白い実の方までうっすらと紅く染まっているほどでした。あれ以来あの林檎は手に入りません。つまり林檎は私にとって少しだけメルヘンで絵にしたくなる果物です。日本で売られている林檎は形も良くてぴかぴかですが今から40年くらい前にまだロシアがソビエト連邦と呼ばれていた頃にモスクワに行ったのですが、そこで見た林檎の街路樹が印象的でした。
そして一流レストランでテーブルに積み上げられていた林檎は全く不揃いで虫も食っていたみたいでしたのが印象的でした。
でもモスクワの林檎の街路樹は素敵でした。今でもそのままかしらと思い出します。
林檎を題材にした着物や帯は古典とは違いポップな感じですが甘酸っぱい思い出と香りを思って描きます。
そして私の大好きな林檎を題材にした有名な短歌があります。
それは北原白秋の「君かえる朝の鋪石さくさくと雪よ林檎の香のごとく降れ」という歌は林檎の香のさわやかさを雪にも被せて「君かえる」という、事実を浄化させている巧みな歌で私の好きな歌の一首でもあります。
そんなこんなの私の林檎に対する思いを着物に描いた作品を、今週、きものサローネのイベント「きもの100体スタイリズム」に出品します。10月8日、9日、10日の3日間です。
東京メトロ三越前の地下コンコース、江戸桜通り地下歩道(日本橋案内所前)で見ることが出来ます。(東京メトロ三越前駅に直結し、コレド室町1・2・3を結ぶ地下通路です)通りかかったら見て下さい。
2015年8月21日金曜日
蝉時雨の頃
8月も3分の2が過ぎてしまいました。学生時代だった頃はこの時期、残り少なくなった夏休みを指折り数えて、宿題に費やす持ち時間は後何日あるだろうかと焦り始める頃ですが、この年齢になれば、それもないのだけは嬉しいような、ちょっとさびしいような複雑な気持ちになります。
夏休みの残り時間より人生の残り時間を考えるような年齢にいつのまにかなってしまった事実に愕然とする時があります。時間は永遠に続くと思っていた若い頃が懐かしいものです。
蝉が一斉に大きな欅の上の方で鳴いています。耳をつんざくような大合掌でつかの間の生を鳴いている様子をずっと聞いていると、まるでお経の様な響きにも思えます。
足下にはひっくりかえった蝉もいて触るとジジジーっと最後の声を振り絞って鳴くのも哀れです。
甲子園の優勝校が決まり蝉の声が激しくなる頃、秋の気配が空の雲にも漂い始めて来ます。木槿が咲き夾竹桃が咲き晩夏に色を添えます。
夏の終わりは寂しいと思う人もいると思いますが、私は案外この時期が好きです。海岸も夏のざわめきを彼方に追いやり、人の少なくなった波打ち際に残された貝殻や打ち上げられた海草を見ながら、波に洗われたひんやりした砂浜を歩くのも好きです。
山には山の良さ海には海の良さがあり、長い海岸線に縁取られたこの列島と、緑深い山々の起伏に富んだ陸地の変化に癒されて暮らしてゆく私たちは自然と共存しながら、時に牙をむくような自然界にも驚きつつ、また癒される時もあり、この風土に暮らしが成り立っているのだと思われるのです。
先日桜島の近くに住む友人に噴火の様子を聞きましたが、もう慣れているのか、「大丈夫よ」とのんびりした声が伝わって来ました。
さて、そろそろ夏の着物も手入れをしてしまう頃ともなり、単衣を出す準備もしなくてはなりません。
この間までのあの猛暑はなんだったのだろうと思いながら、夏の着物の始末もしております。確実に進む季節に暮らしにもめりはりがつくのはいいものです。
着物の手入れも大切ですが体のメンテナンスも大事なので、8月の最後の1週間はその時間に充てて涼やかな、そして凛とした気持ちで夏の疲れをぬぐい9月を迎えるように心がけるように致しましょう。
2015年8月2日日曜日
灼熱の太陽の下で
いよいよ8月に入りました。今月初旬は着物を着る事はなさそうですが月末には着る日もあるのでので、そのころになれば少しは気温も落ち着いているでしょうか。
熱帯夜という言葉もなく打ち水をすれば涼風が来たようでした。
そして8月になったとたんに報道や新聞の紙面などには終戦の記事や先の戦争についての様々な関連記事でいっぱいですが、今日も大きな日本地図に日本中で空襲を受けた地域と戦災で亡くなられた方の人数が記されているのを見ました。何てことだったのだろうとため息が出ました。
戦後70年も過ぎ敗戦から復興に至るまでの戦後の歩みが色々言われますが、その年月はまさに私がこの世に生を受けたときからの記録と同じです。
赤ん坊だった私は記憶には何もないのですが東京への爆撃が多くなった終戦のころには防空壕に抱えられたままでリレーで入れられたことは母に何度も聞かされました。
父は長いこと戦争に行き帰ってきた時は、全身に戦争でできた傷跡を受けていました。
両足は機関銃が貫通した弾痕があり、小さかった私は戦後冬になると父の足のうずく傷をマッサージしている母を見て、なにやら見てはならない物を見ている気がして襖の陰からじっと眺めていた記憶がありました。
今にして思うと父に聞きたかった事が山ほどあるのですが父は外地での戦争の話は大きくなった私には一言も話してくれませんでした。
青春を謳歌して自分のことばかりしか考えていなかった学生時代の自分に残念でたまりません。もっともっと父と話をしたかったです。
40代後半で逝った父は写真を見ると年月を経るごとに若々しいのです。私との年齢の距離はどんどんと離れて行くのです。
どこの家庭でも戦争で犠牲になった家族は日本中にいると思われます。まだまだ戦後なんて終わってはいないことを70年も過ぎた今でも痛感します。
断片的な映像ではありますが戦後の景色は、いくつもいくつもまるで紙芝居のように少女だった私の脳裏に今でも蘇りそれらは私の少女時代の東京の原風景となっています。
その後、私が着物の世界に携わってから50年以上も経つのですが、めまぐるしく変わってきた世相につれて変化し続けて来た着物の世界は私の生きてきた記録そのものと思う8月です。
ただ確実に日本は年ごとに熱帯化しているのは事実ではありますから、夏の着物の在り方もすこしづう変わって行くのでしょう。
8月に入ると否が上にも戦争を思い出し,戦後の我々の在り方を思い,見返りたくなるのは毎年の事となっています。
2015年7月15日水曜日
再びの青いケシを見に
7月の初旬、満を持しての花紀行として長野の山奥の大鹿村のずっと先にある青いケシの花を見に出かけました。
2年前は遅すぎて見られず、昨年は栃木の水性植物園で終わりかけの青いケシを見たものの期待の60パーセントぐらいの満足度に終わり、今年こそはと、仲の良いお友達の企画で行きました。
まさに天空の農園といえるような高地に青いケシを栽培しているお仲間の元へ四駆でたどり着きました。
電車でもバスでも行く事の出来ない、山また、山を車で上り、まだまだ先へと期待に胸を膨らませての道中は運転して下さった方へ感謝感謝の思いでした。
歩いても行けないこんな山奥に青いケシを栽培していられる農園があるなんて驚きでした。
そして期待通りの青いケシの畑を見たときは感激でした。
一面にケシ畑でその色の濃さは素晴らしく、咲く前は紫がかった蕾でも咲くと濃い青で想像していたスカイブルーでした。
夢中で写真を撮りましたが、これほど沢山の青いケシを見れて大満足でした。
霧雨のなか、ケシの畑を歩き回り、他にも咲いている高山植物にも目を奪われ至福のひとときを山奥の中で味わいました。やはり海抜1500メートル以上でないとこの花は咲かないようです。
かつて岩手の早池峰山でみた早池峰ウスユキソウと同じで、この時もこのエーデルワイス見たさに登山した時に感じた「高嶺の花」というのはこういうことを言うのだと実感したことを今回の青いケシでも感じました。
簡単に見ることの出来ない高嶺の花は、あのときのハヤチネウスユキソウと青いケシで私の中では双璧の高嶺の花として君臨しています。
簡単に見ることもできないし、お花屋さんでも買うことが出来ない花の気高さは言うに言われない存在感で心の奥に残ります。
このたびはやっと間に合ったのですが、もしまた来る事が出来たら6月の終わり頃のがもっと良いそうです。一人で来ることは絶対に出来ません。
本当に皆様の助けを借りて高嶺の花を見ることが出来て幸せでした。ハヤチネウスユキソウも青いケシも7月に見た花だったのでいつか、胸に暖めて時期が来たら胸の中から取りだして描いてみたいなと思うのですが、いつになるか、、、分かりませんが実際に見た経験は私にとっては貴重です。
いくらでも写真や映像で見ることは出来る時代ですが向かい合わないと風に揺らぐ花たちと語ることは出来ません。
梅雨の最中でしたが素晴らしい夏の始まりでした。同行して下さった心優しいお友達たちに感謝感謝の花紀行でもありました。
2015年6月9日火曜日
梅雨を迎えて
その直後には恒例の「夏のあらた会」と「今昔の会」が昨日まであったので全ての夏前の会を終了したら、とたんに東京は梅雨入りになりました。
会期中はずっとお天気に恵まれていましたのがありがたかったです。
夏の着物は最近では呉服屋さんも、あまり熱心ではないのが現状なのですが、私たちは工房ですから四季折々には新作を作る使命が有ります。
毎年その年にあわせて創る作品はその年によってもテーマも少しづつ代わり作りたい生地もモチーフもまた微妙に変化し続けて一年間の季節の節目を越えつつもまた新しく創作に取り組めるのは嬉しいことです。
何年経っても、何回も同じ季節を迎えようと、その都度感じる気持ちは同じではないのが不思議ですがそれだから、やって行けるのだと思っています。
梅雨に入り雨に濡れる草や木は生き生きと緑が冴え、きれいですから6月は雨に濡れた木々や紫陽花をを楽しむ月です。
先日、大きな鉢を動かしたら、その下から大きなガマガエルが遅い冬眠から冷めたようにのそのそと這い出てきました。
「あら、起こしちゃってごめんね」と思わず言いましたが、じょうろの水をシャワーのようにかけて長い眠りから冷めた土を落としてやりましたが、迷惑だったかもしれません。そのうちどこかに行ってしまいましたが、紫陽花の下にでも潜ったかもしれません。
こんな都会でも気をつけて目を凝らせば季節の移ろいが感じられるものです。梅雨の間は少しのんびりと出来るかもしれませんので、これから夏に向かう季節の自然を楽しみ今年の秋への創作に向けて山のアトリエで充電したいと思っています。山紫陽花や、小紫陽花も山では咲き始めていることでしょう。
登録:
投稿 (Atom)











