2015年8月21日金曜日

蝉時雨の頃



 8月も3分の2が過ぎてしまいました。学生時代だった頃はこの時期、残り少なくなった夏休みを指折り数えて、宿題に費やす持ち時間は後何日あるだろうかと焦り始める頃ですが、この年齢になれば、それもないのだけは嬉しいような、ちょっとさびしいような複雑な気持ちになります。

 夏休みの残り時間より人生の残り時間を考えるような年齢にいつのまにかなってしまった事実に愕然とする時があります。時間は永遠に続くと思っていた若い頃が懐かしいものです。
 蝉が一斉に大きな欅の上の方で鳴いています。耳をつんざくような大合掌でつかの間の生を鳴いている様子をずっと聞いていると、まるでお経の様な響きにも思えます。
 足下にはひっくりかえった蝉もいて触るとジジジーっと最後の声を振り絞って鳴くのも哀れです。

 甲子園の優勝校が決まり蝉の声が激しくなる頃、秋の気配が空の雲にも漂い始めて来ます。木槿が咲き夾竹桃が咲き晩夏に色を添えます。

 夏の終わりは寂しいと思う人もいると思いますが、私は案外この時期が好きです。海岸も夏のざわめきを彼方に追いやり、人の少なくなった波打ち際に残された貝殻や打ち上げられた海草を見ながら、波に洗われたひんやりした砂浜を歩くのも好きです。

 山には山の良さ海には海の良さがあり、長い海岸線に縁取られたこの列島と、緑深い山々の起伏に富んだ陸地の変化に癒されて暮らしてゆく私たちは自然と共存しながら、時に牙をむくような自然界にも驚きつつ、また癒される時もあり、この風土に暮らしが成り立っているのだと思われるのです。

 先日桜島の近くに住む友人に噴火の様子を聞きましたが、もう慣れているのか、「大丈夫よ」とのんびりした声が伝わって来ました。

 さて、そろそろ夏の着物も手入れをしてしまう頃ともなり、単衣を出す準備もしなくてはなりません。
 この間までのあの猛暑はなんだったのだろうと思いながら、夏の着物の始末もしております。確実に進む季節に暮らしにもめりはりがつくのはいいものです。
 着物の手入れも大切ですが体のメンテナンスも大事なので、8月の最後の1週間はその時間に充てて涼やかな、そして凛とした気持ちで夏の疲れをぬぐい9月を迎えるように心がけるように致しましょう。



2015年8月2日日曜日

灼熱の太陽の下で



 いよいよ8月に入りました。今月初旬は着物を着る事はなさそうですが月末には着る日もあるのでので、そのころになれば少しは気温も落ち着いているでしょうか。


さすがに36度を超えると体温以上になるので、着物で出かけるのも少々辛くなりますがクーラーのない時代には今ほど夏の気温も高くなかった気がします。
熱帯夜という言葉もなく打ち水をすれば涼風が来たようでした。



夏場に最も気楽なのは浴衣でしょう。今年は浴衣の若者が増えた気がしますがこのまま秋冬にも興味を持って着物を着てくれればありがたいと思うのですがどんなものでしょうか。

 そして8月になったとたんに報道や新聞の紙面などには終戦の記事や先の戦争についての様々な関連記事でいっぱいですが、今日も大きな日本地図に日本中で空襲を受けた地域と戦災で亡くなられた方の人数が記されているのを見ました。何てことだったのだろうとため息が出ました。

 戦後70年も過ぎ敗戦から復興に至るまでの戦後の歩みが色々言われますが、その年月はまさに私がこの世に生を受けたときからの記録と同じです。
 赤ん坊だった私は記憶には何もないのですが東京への爆撃が多くなった終戦のころには防空壕に抱えられたままでリレーで入れられたことは母に何度も聞かされました。

 父は長いこと戦争に行き帰ってきた時は、全身に戦争でできた傷跡を受けていました。

両足は機関銃が貫通した弾痕があり、小さかった私は戦後冬になると父の足のうずく傷をマッサージしている母を見て、なにやら見てはならない物を見ている気がして襖の陰からじっと眺めていた記憶がありました。
 
 今にして思うと父に聞きたかった事が山ほどあるのですが父は外地での戦争の話は大きくなった私には一言も話してくれませんでした。
 青春を謳歌して自分のことばかりしか考えていなかった学生時代の自分に残念でたまりません。もっともっと父と話をしたかったです。
 40代後半で逝った父は写真を見ると年月を経るごとに若々しいのです。私との年齢の距離はどんどんと離れて行くのです。

 どこの家庭でも戦争で犠牲になった家族は日本中にいると思われます。まだまだ戦後なんて終わってはいないことを70年も過ぎた今でも痛感します。
 断片的な映像ではありますが戦後の景色は、いくつもいくつもまるで紙芝居のように少女だった私の脳裏に今でも蘇りそれらは私の少女時代の東京の原風景となっています。

 その後、私が着物の世界に携わってから50年以上も経つのですが、めまぐるしく変わってきた世相につれて変化し続けて来た着物の世界は私の生きてきた記録そのものと思う8月です。
 ただ確実に日本は年ごとに熱帯化しているのは事実ではありますから、夏の着物の在り方もすこしづう変わって行くのでしょう。
8月に入ると否が上にも戦争を思い出し,戦後の我々の在り方を思い,見返りたくなるのは毎年の事となっています。